雨の日の前撮り
数年前、ウェディングの前撮りを撮影したときのこと。
その日は朝から少し曇り空。
天気予報を見ても、途中から雨が降ることはわかっていた。
和装の撮影を終えて、ウェディングドレスに着替える頃。
やっぱり雨が降ってきた。
お二人も、ちょっと残念そうだった。
まあ、そうだよね。
せっかくの前撮り。
できれば青空の下で撮りたい。
そんな気持ちは当然だと思う。
でも、そのときお二人にこう伝えた。
「雨だったことが残念な思い出になるんじゃなくて、雨だったからよかったって思える写真を、今から撮りますね」
そう言うと、少し表情が和らいだ。
そして実際に撮影してみると、雨の日だからこそ撮れる写真があった。
光も、空気も、背景も、晴れた日とはまったく違う。
雨の中で過ごした時間も含めて、その日の二人が写っていた。
撮影が終わったあと、お二人も写真をとても喜んでくれた。

青い海、青い空
沖縄に来てから、こんな場面に出会うことが増えた。
海で撮影するとき、天気が悪いと、ものすごく残念そうになる。
もちろん、それはよくわかる。
沖縄で撮るなら、青い海、青い空。
そう思うのも自然だし、その希望を叶えたいという気持ちもある。
自分だって、きれいな青空の写真は好きだ。
だから、「青い海や青い空なんて意味がない」と言いたいわけではない。
ただ、ときどき考える。
「青い海、青い空で撮ることが目的なんだろうか?」
たぶん、少し違うんじゃないかと思う。
ウェディングフォトなら、その写真を撮った日のことを、何年後かに思い出すために残すものでもある。
新婚旅行だったり、家族旅行だったり。
その旅の中で一緒に過ごした時間があって、その一部として写真がある。
何年か経って、その写真を見たときに、
「この日、雨だったよね」
「でも楽しかったよね」
「このとき、こんなこと話してたよね」
そんなふうに、その日のことが蘇ってくる。
写真には、そういう力があると思っている。

写真は、記録を残すもの
そもそも写真は、記録するためのものとして生まれてきた。
研究や観察、出来事の記録。
その瞬間だけではなく、時間が経ったあとに振り返るためのものでもあった。
だから、記録としての写真にとって大切なのは、単純に「きれいに見えること」だけではないと思う。
その写真を見たときに、その時間に戻れること。
そのときの空気を思い出せること。
その人と過ごした時間を、もう一度感じられること。
それも、写真の大切な役割なんじゃないかなと思う。
もちろん、広告写真のように「理想の世界をつくる」ことを目的にした写真もある。
青い空をつくる。
海を鮮やかにする。
そこにしかない世界を、写真の中につくり出す。
それはそれで、写真の面白さだと思う。
でも、記録として残す写真まで、すべて同じ方向に持っていく必要はないんじゃないか。
そう思っている。

雨だったから、この写真になった
雨の日には、雨の日にしかない表情がある。
曇りの日には、曇りの日にしかない光がある。
風が強ければ、その風を感じている人の表情がある。
予定通りじゃなかったからこそ生まれる瞬間もある。
そこを見つけて、写真にする。
それは、フォトグラファーの仕事のひとつだと思う。
「雨でも大丈夫ですよ」と言って、ただ慰めることではない。
雨だったからこそ生まれる写真を、本当に撮る。
そのための技術も必要だし、その場で何が起きているのかを感じ取ることも必要になる。
そして、そこから「この瞬間だ」と思えるものを見つける。
自分がドキュメンタリー写真を撮っているのも、同じ理由なんだと思う。
表面をきれいに整えることよりも、その場に本当にあったものを残したい。
その人が、その場所で、その時間を生きていたことを残したい。
そして、未来の誰かがその写真を見たときに、そこにあったものを感じてほしい。
だから、雨だったら雨のままでいい。
もちろん、晴れていたら晴れていたでいい。
大切なのは、どちらが正解かじゃない。
その日にしかなかった時間を、その日のまま残せること。
「雨だったけど、よかったね」
何年後かに、そんな話ができる写真なら
それは、きっといい記録なんだと思う。

