感じる、測る、捉える、整える
写真を撮るとき、自分の中では大切にしていることがいくつかある。
まず、感じること。
その場にいる人や空気を感じて、次にタイミングを測る。
そして、捉える。
最後に、整える。
この4つ。
「感じる」「タイミングを測る」「捉える」。
ここまでは、写真を撮る人ならなんとなくイメージしてもらえるかもしれない。
でも、実は最後の「整える」というところも、自分にとってはかなり大切な仕事だ。
撮った瞬間に写真が完成するわけではない。
撮影した写真を一枚一枚見て、どこを残して、どこを整えるかを考える。
明るさや色、全体のバランス。
一枚の写真として見たときに、ちゃんと成立しているか。
そこまでやって、自分の中ではようやく一枚の写真になる。
「整える」という技術
この「整える」という技術も、これまでずっと鍛えてきた。
過去には、その積み重ねの結果として、世界的な写真コンテストで賞をいただいたこともある。
もちろん、賞を取ったことだけが技術の証明だとは思っていない。
ただ、感じることも、タイミングを測ることも、捉えることも、そして整えることも、
どれか一つではなく、その全部があって写真になる。
どうしても写真家というと、「いい瞬間を捉える」というところに目が向きやすい。
でも、自分にとっては、その後の「整える」まで含めて写真なんだと思う。
ずっと気になっていたこと
だから、ずっと気になっていたことがある。
撮影した写真が、プロフィール写真として使われるときのこと。
写真をプロフィール用にトリミングすること自体は、まったく嫌じゃない。
むしろ、自分が撮った写真を気に入って、「プロフィール写真にしたい」と思ってもらえるのは嬉しい。
ただ、一枚の写真として完成させたものを、顔が大きく見えるように切り取ってみると、少し気になることが出てくる。
写真全体では気にならなかった背景の光。
木や壁のライン。
余白のバランス。
視線の先にある空間。
大きな写真の中ではちゃんと意味を持っていたものが、顔の周りだけを切り取った瞬間に、少し邪魔に見えることがある。
ああ、やっぱり写真って面白いなと思う。
一枚の作品として整えていても、使う場所が変われば、必要な整え方も変わる。
せっかくなら、最後まで整えたい
だからといって、「勝手にトリミングしないでください」と言いたいわけではない。
撮影というサービスを購入してもらい、その成果物として写真を渡しているのだから、どう使うかは基本的には自由だと思っている。
ただ、自分が撮った写真である以上、できることなら、公開されるときにもちゃんと整った状態であってほしい。
もしプロフィール写真として使うなら、その形の中で一番いい状態にしたい。
Instagramで使うなら、その画面の中でちゃんと成立するようにしたい。
Webサイトで使うなら、その場所に合わせて写真として整えたい。
「指定されたサイズに切る」だけではなく、その用途の中で写真そのものがきちんと成立するところまでやりたい。
これは、写真を撮ることとは別の作業というより、自分にとっては写真を完成させるための一部なんだと思う。
効率よりも、いいものを
効率だけを考えれば、写真を撮って、納品して終わるほうがいい。
一度納品した写真を、あとから何度も用途に合わせて整えるなんて、仕事としてはなかなか効率がいいとは言えない。
それでも、ずっと引っかかっていた。
せっかく撮った写真なんだから、ちゃんといい状態で使ってほしい。
そして、できればその写真を見たときに、自分自身も「うん、これならいい」と思える状態であってほしい。
効率を考えれば、もっと簡単なやり方はあると思う。
でも、写真については、そこをあまり簡単にしたくない。
自分が写真家として「ちゃんと整っている」と思えるところまでは、やっぱりやりたい。
一回で終わらない関係
そこで考えたのが、撮影を一回で完結させないということだった。
一回撮影して、写真を渡して、それで関係が終わる。
それも一つの撮影サービスの形ではある。
でも、次の撮影が決まっていたら、少し違う。
撮影が終わったあとも、その人との関係が続いている。
その間にまた話をする。
仕事のことを知る。
今どんなことをしているのかを知る。
そして、次に会うときには、「今度はどんな写真を撮ろうかな」と考えることができる。
これは、写真家としてかなり大きい。
次の撮影が、次のクリエイティブにつながる
一回の撮影が終わったら、頭の中では一つの仕事として区切りがつく。
でも、次が決まっていれば、その人の写真について考えることが続いていく。
その人を知ることが、次のクリエイティブにつながっていく。
だから、自分がやりたいのは「一年間、その人の変化を追いかける」ことではない。
変化そのものを撮りたいわけでもない。
その人の仕事や活動が続いていく、その経過の中で、その時々に必要な写真を撮っていく。
必要なときに撮る。
残しておく。
使う。
そして、また次の写真を考える。
「専属」という関係
だから最近、「年間専属撮影プラン」というものを考えている。
これは、単純に年4回、6回、10回と撮影をまとめて契約するという目的の話ではない。
一年間、写真撮影を任せてもらう。
(もちろん他の人に撮影を依頼したらダメとかではないですよ!)
その期間は、撮影と撮影の間も関係が続いている。
だからこそ、その人のことを少しずつ知りながら、次の写真を考えていける。
そして、撮った写真が必要な形になったときには、そこまで含めてちゃんと整えていける。
「専属」という言葉に惹かれているのは、撮影回数のことではないのかもしれない。
その人の写真について、一年間ちゃんと考え続けられること。
その関係の中から、次の一枚をつくっていけること。
それが、写真家として面白いんだと思う。
撮る。その先へ。
感じる。
タイミングを測る。
捉える。
整える。
そして、また次の一枚へ。
そんなふうに写真が続いていく関係を、少し作ってみたいと思っている。
まだ今は、その形を整えているところ。
「撮影したら終わり」ではなく、かといって「撮影後のサポート」という言葉だけでもなく。
一年間任せてもらう。
そんな関係を、これからつくっていこうと思っています。
