改めて考えてみると、けっこう不思議なものだなと思う。
SNSを見ていて、初めてたどり着いた人のプロフィール写真。
「あ、この人がやっているんだ」
顔が見えることで、少し安心する。
どんな人なのか、なんとなく想像できる。
プロフィール写真には、そんな役割があるんだと思う。
もうひとつは、名刺なんかに載っているプロフィール写真。
一度会った人から名刺をもらって、あとから見返したときに、
「あ、この人だ」
と顔が浮かぶ。
そのときに、話したことや、その場の空気まで少し思い出せたりする。
でも、もしその写真を見ても本人の顔が思い出せなかったら。
写真があるのに、記憶につながらない。
そう考えると、プロフィール写真って、単純に「かっこいい写真」とか「綺麗な写真」というだけではないのかもしれない。
その人と、もう一度つながるための写真。
そんなものなのかな、と最近は思っている。
だから、実際に会ったときと写真の印象があまりにも違うプロフィール写真を見ると、少し考えてしまう。
もちろん、写真の中でいつもより素敵に写ることは悪いことじゃない。
誰だって、できればかっこよく写りたいし、綺麗に写りたい。
それはすごく自然なことだと思う。
ただ、プロフィール写真を見て「この人、素敵だな」と思って会いに行ったら、
「あれ、写真と全然違うな」
となってしまったら。
最初に写真から受け取った安心感が、逆に信頼を失うきっかけになることもある。
プロフィール写真って、そういう意味では、未来の自分を作る写真というより、今の自分を残しておく写真なのかもしれない。
そもそも写真って、もともとは「記録」というところから始まったものだと言われている。
研究や観察したものを記録する。
そこから、いろんな表現へ広がっていった。
そう考えると、個人的にはやっぱり「本当のものを残す」という写真が好きなんだと思う。
作ったものを記録するより、
その人が本当にそこにいる瞬間を残す。
その人の生き方や、人柄や、ふとした表情。
言葉にならないものまで写っていたらいい。
そういう写真に惹かれる。
もちろん、これは完全に好みの話。
作り込まれた写真が好きな人もいるし、理想の自分を表現したい人もいる。
それを否定したいわけではない。
むしろ、なりたい自分を写真にすることで、少しずつその自分に近づいていくことだってあると思う。
ただ、それが「今の自分ではダメだから」というところから始まっていたら、少し苦しくなることもあるんじゃないかなと思う。
ずっと、本当の自分ではない誰かを演じ続けることになるから。
なりたい自分を持つことと、今の自分を否定することは、たぶん別の話なんだと思う。
だから、個人的に好きなのは、自然体の写真。
カメラを向けられていることすら忘れているような瞬間。
作った笑顔ではなく、ふっと笑ったとき。
何かを話しているときの表情。
その人が、その人としてそこにいる時間。
肌が綺麗とか、明るく写っているとか、色が美しいとか。
もちろん、そういうことも写真の大切な要素。
でも、それだけじゃない。
理屈では説明できないところで、
「あ、この人だ」
と感じる写真がある。
その人の生き様とか、空気とか、魂みたいなものまで、ほんの少し写っているような写真。
そういう写真が好きだ。
だから、プロフィール写真を撮るときも、できるだけ「プロフィール写真を撮っています」という時間にしたくない。
話をしたり、歩いたり、何かを考えたり。
その人のことを知りながら撮っていく。
そうすると、カメラを構えた瞬間には出てこない表情が、ふっと現れることがある。
写真って、姿だけを写しているようで、実はその人との関係性まで写るものなのかもしれない。
……なんて、いろいろ語っているけれど。
実は、自分自身のプロフィール写真に一番悩んでいる。
写真に写るのが、あまり得意じゃない。
カメラを意識すると、どうしても表情がこわばる。
そして困ったことに、自分は写真を撮る側だから、撮られていることにも気づきやすい。
「今、撮ってるな」
って、わかってしまう。
だから、自然体で撮ってもらいたいと思っても、なかなか難しい。
インタビューをしながら撮ってくれる。
話しているうちにカメラを意識しなくなって、気づいたら撮られている。
そんな撮り方が理想なんだけど、これ、やってみるとなかなか難しい。
写真を撮る技術だけじゃなくて、話をする力もいる。
相手の変化を感じ取る力もいる。
シャッターを切るタイミングもいる。
そして、ときには「気配を消す」ことも必要になる。
その人がカメラではなく、自分自身に意識を向けられるようにする。
そういうところは、たぶん自分の写真の特性なんだと思う。
だからこそ、
「じゃあ、自分を誰に撮ってもらえばいいんだろう」
となる。
自分が理想としている撮られ方を、自分で知ってしまっている。
そして、その撮り方をしてくれる人が、なかなか見つからない。
同じような写真を撮る人がいない、というより。
同じことをしたいと思っている人が、そもそもそんなにいないんだと思う。
まあ、そんなわけで。
プロフィール写真について、いろいろ考えているけれど、
一番悩んでいるのは、たぶん自分です。
写真を撮る側なのに、自分の写真が一番難しい。
でも、もしかしたら、それも面白いことなのかもしれない。
自分が「こんな写真だったらいいな」と思うものを探しているからこそ、
人が「こんなふうに写っていたい」と思う気持ちも、少しわかる。
そしていつか、自分自身が「これだ」と思える一枚に出会えたらいいなと思っている。
そのときはきっと、
「プロフィール写真って、こういうものなのかもしれない」
と、少しだけ答えが見える気がする。
