最近、ドキュメンタリーブランドブックという取り組みを始めている。
経営者との対話を重ねながら、その人や組織が歩んできた時間を見つめる。
仕事をしている姿を撮り、そこで交わされる言葉や、積み重ねてきた歴史を写真と言葉で一冊にする。
これはこれで、とても面白い。
その人にとっては当たり前になっていることの中に、外から見ると、とても価値のあるものがたくさんある。
だから、一度立ち止まって話を聞く。
仕事をしている姿を見る。
何気ない言葉を拾う。
そうやって、その人の中にあるものを一緒に見つけていく。
そんな時間には、大きな意味があると思っている。
ただ、この取り組みを考えているうちに、もうひとつ気づいたことがある。
写真は、一度にすべてを残そうとしなくてもいいのではないか。
むしろ、その時々に撮り続けることで、あとから見えてくるものがあるのではないか。
記録は、少しずつ積み重なっていく
仕事をしているところ。
誰かと話しているところ。
新しいことを始めたところ。
何気ない日常。
そのときは別々に撮った写真でも、あとから並べてみると、「この頃はこんなことをしていたんだな」と、その時期の自分や仕事の様子が見えてくる。
何を始めたのか。
誰と出会ったのか。
何を大切にしていたのか。
まだ途中だったことも含めて、少しずつ写真の中に残っていく。
定期的に撮影を重ねていれば、発信に使える写真も自然と増えていく。
プロフィール写真だけではない。
仕事をしている姿。
人と関わっている時間。
新しく始めたこと。
その時々の自分を表す写真が、少しずつ増えていく。
そして、撮った写真は、そのときすぐに使う必要もない。
新しいサービスを始めたとき。
ホームページを更新するとき。
SNSで何かを発信するとき。
プロフィールを変えたくなったとき。
必要になったタイミングで、撮っておいた写真の中から、その用途に合うものを選べばいい。
必要であれば、その写真を使う場所に合わせて整える。
プロフィールならプロフィールとして。
SNSならSNSで使いやすい形に。
Webサイトなら、その場所に合う形に。
撮っておく。
必要になったときに選ぶ。
そして、必要な形に整える。
だから、発信のたびに「写真を撮らなきゃ」と思わなくてもいい。
普段の仕事や活動そのものが、少しずつ記録になっていくからである。
時間を重ねるから、見えてくるもの
定期的に撮影をしていると、記録が増えていくだけではない。
何度か会って、話して、撮影を重ねる。
すると、一度の撮影では見えていなかった表情や仕草が、少しずつ見えてくることがある。
もちろん、一度の撮影でも、その人らしさは写る。
でも、時間を重ねることで、より自然な姿が見えてくることもある。
ふっと力が抜けた瞬間。
仕事をしているときの顔。
誰かと話しているときの表情。
そういうものは、演出してつくるというより、時間の中から自然と現れてくるものだと思っている。
その人のことを少しずつ知っていく。
前回から何が変わったのか。
何が変わっていないのか。
そういうことを感じながら、次の撮影を考えていく。
それも、撮り続けることの意味のひとつだと思っている。
だから、撮影内容を固定しない
一年後に何が必要になるかなんて、最初にはわからない。
新しい仕事が始まるかもしれない。
お客様との新しい関係が生まれるかもしれない。
イベントを開催するかもしれない。
家族との時間を残したくなるかもしれない。
あるいは、特に何かが変わったわけではなくても、「今の自分を残しておきたい」と思うかもしれない。
だから、年間専属撮影では、最初から一年分の撮影内容を決める必要はない。
プロフィールが必要になったら、プロフィールを撮る。
今の仕事をあらためて残したくなったら、その仕事を撮る。
お客様との関係を残したくなったら、事例を撮る。
家族との時間を残したければ、家族を撮る。
イベントを開催したら、その場を撮る。
一年後、写真を並べてみる
間撮影というと、「一年間でどれだけ変わったか」を記録するものだと思われるかもしれない。
でも、残したいのは変化だけではない。
そのとき、何をしていたのか。
誰と出会っていたのか。
何を大切にしていたのか。
まだ途中だったことも含めて、その時間を残していく。
最初から物語をつくろうとしなくてもいい。
ただ、その時々を撮っていく。
すると、一年後には、写真が少しずつ積み重なっている。
その写真を並べてみる。
「このときは、こんな仕事をしていたな」
「この人たちと一緒にやっていたな」
「この頃は、こんなことを考えていたな」
そんな記憶が、写真と一緒によみがえってくる。
それは、最初からつくろうとしていた物語ではない。
撮り続けた結果として、あとから見えてくる、その人だけの物語である。

写真を撮り続けるという選択
ドキュメンタリーブランドブックのように、これまで歩んできた時間を一度立ち止まって見つめることもできる。
一方で、年間専属撮影のように、これからの日々を少しずつ記録していくこともできる。
どちらが良いという話ではない。
両方あっていい。
私が大切にしているのは、どちらの場合でも、その人や組織が持っているものを、自然体のまま残していくこと。
そして、撮った写真が、その人の今を伝えるものになっていくこと。
撮っておく。
必要になったときに使う。
必要な形に整える。
そうやって写真を積み重ねていくと、気づいたときには、その人が歩いてきた時間が残っている。
そんな写真の残し方も、いいと思っている。
年間専属撮影について
年間専属撮影は、複数回の撮影をまとめて契約するだけのものではない。
一年間、写真家として仕事や活動に関わりながら、その時々に必要な写真を撮っていく。
撮影内容は固定せず、その一年の中で必要になったものを、その時に撮影する。
撮っておいた写真は、必要になったときに用途に合わせて整える。
その時々の「今」を残しながら、一年を通して少しずつ写真を積み重ねていく。
そして一年が終わったとき、その写真を振り返れば、そこにはその人だけの時間が残っている。

