私は、世界平和のために写真を撮っている。

そう書くと、大げさに聞こえるかもしれない。
けれど私にとっては、本気だ。

正義と正義のあいだで

沖縄にいると、
アメリカ軍基地や戦争の話題になることが多い。

私は平和主義だし、
戦争なんて起きてほしくないと思っている。

けれど同時に、
国を守るという視点に立てば、
抑止力としての防衛力が必要だという論理も理解できる。

賛成か反対かという話ではなく、
どちらの筋道も理解できてしまう。

そこに、少し戸惑いがある。

きっとどの立場の人も、
それぞれの正義の中で考えている。

そしてその正しさをぶつけ合うとき、
分断が生まれる。

白か黒かではなく

本当は、
いくつものグラデーションの中で
それぞれが選択しているだけなのだと思う。

けれど私たちは、
どちらが正しいのかという問いに立ってしまう。

違いを認めるよりも、
違いを否定するほうが簡単だからかもしれない。

これは国と国の話だけではない。

人と人の関係も、きっと同じだ。

私はこう思う。
あなたはそう思う。

それだけのことなのに、
正しさを主張し合うと、
距離が生まれる。

私も、まだ途中にいる

そして正直に言えば、
私はまだその途中にいる。

違いを受け入れられないときもある。
自分のほうが正しいと言いたくなることもある。
分断を生んでしまう瞬間もある。

私は完成していない。

旅の途中にいる。

まずは「私はこれでいい」と在ること

だからこそ思う。

まずは自分を知ること。

私はこういう人間です。
私はこれを大切にしています。
私はこれでいい。

そう在れること。

その上で、
私はこうですと静かに立つこと。

そして
あなたはこうなんですねと受け取ること。

違いをなくすことが平和なのではなく、
違いを認め合えることが平和なのだと思う。

だから、写真というかたちを選んでいる

誰かが
「私はこれでいい」と在れる瞬間。

そして
「私はこうです」と立てる瞬間。

さらに
「あなたはそうなんですね」と
知り合える瞬間。

その媒介として、
私は写真というかたちを選んでいる。

私はまだ旅の途中だ。

揺れるし、迷うし、葛藤もする。

それでも、
違いを認め合える世界を見たいと思っている。