はじめに

2023年7月。
カンボジア内戦最後の激戦地区であるカンボジア王国バッタンバン州カムリエン群タサエンという場所で、地雷と不発弾の処理活動を20年位以上続けているIMCCD(国際地雷処理・地域復興支援の会)理事長、高山良二さん。
その地雷処理した土地を畑にし、その畑で採れた作物に付加価値を付けようと焼酎づくりをはじめ、その焼酎がパリで表彰されるそのタイミングで高山さんやタサエンの皆さんを撮りたいと思い、TASAEN WITH TA(TA=ター、は高山さんのカンボジアでの愛称)というプロジェクトを始めた。

「世界平和のための写真が撮りたい」と強く思い、これが自分の使命だと思い、意気揚々とスタートした。
でも、軸がブレブレだった。背骨がぐにゃぐにゃ。そのために、支援いただいた方のリターンの制作だけをしたものの、ちゃんと作品として発表できずに過ごしてきてしまった。

今思えば、「世界平和」は使命でもなく私の軸でもなく背骨でもなく、その先にある結果なんだろう。
高山さんからも再三に渡り「結果を求めないで楽しめ」と言って頂いたが、「世界平和」という結果に執着し、「そのためにはこういう写真を撮らないといけない」と執着していたのだと今になって気付いた。
実際にはその執着していた「こういう写真」が撮れた時もあれば、イメージと違うこともあった。
それは偶発性の高い自然な姿を撮る私の撮影においては当たり前のことなのにもかかわらず、「イメージと違う」という部分に意識をフォーカスし、本来楽しんで夢中になってやりたかった撮影に対し、私自信が作為にまみれ純粋さを欠如させてしまったのだと思う。
そんな軸ブレブレ、背骨ぐにゃぐにゃだったがために、帰国後に足が止まってしまった。

あれからもう1年半が経ってしまった。
(その間も何度もブレブレな軸とグニャグニャな背骨が故に、足が動かなくなり立ち止まった。その話はこちら )

たくさんの人に応援して頂き、IMCCDの皆さんやクマエ蒸留の皆さんに協力して頂いたおかげで実行できたプロジェクト。
だいぶ時間は経ってしまったけど、改めてここに書き納めていきたいと思う。
ただ、その時と今の私はもはや違う。
今の私は「繋がる」を楽しむことにフォーカスし、その「繋がる」の中で感じたことをシェアしていくことを夢中でやりたいと思っている。正直、それが天命や使命というものかはわからないけし、天命とか使命とかに執着するのもやめた。

「繋がる」を楽しむ、その視点でこのプロジェクトを回顧して、IMCCD高山良二さんやカンボジアの皆さんとの「繋がる」をシェアさせて頂きたい。
そしてこのシェアから誰かが何を受け取ってくれたらとても嬉しいし、「繋がる」や「知り合う」の拡大になれば嬉しい。もちろん結果に執着せずに楽しんで書かせていただく。